ナポレオンの導入は明治初期
さくらんぼの歴史は古く、有史以前から食べられてきたといわれています。世界にあるさくらんぼの品種は、1,500とも2,000ともいわれています。日本には、明治時代に外国から約80品種が導入されました。山形には、明治8年(1875)に東京から、洋なし・りんご・ぶどうなどの苗木にまじって、ヨーロッパ系の3本のさくらんぼの苗木が入ってきました。
明治9年(1876)には、初代の山形県令三島通庸(みしまみちつね)が、北海道からりんご・ぶどう・さくらんぼの苗木をとり寄せました。このときはアメリカ合衆国のサクランボだったといいます。最初のヨーロッパ系のサクランボは日本の湿度が高い気候に対応できずになくなっていきました。
それに対してアメリカ合衆国から入ってきた品種は日本の気候にも山形の風土にも馴染んで、後々まで残っていきました。その中でも残っているいる品種は後に「佐藤錦」の親となる「黄玉」や「高砂」と「ナポレオン」などだということなのです。これらの品種は、現在も確認できるいちばん古くから栽培されてきた品種といえます。
高砂とナポレオンは生残る
そのうち日本の気候に適するもの、日本人の好みに合うものが明治初期から栽培されました。当時は、横文字の名前では呼びづらく、農家の人たちは番号をつけました。今でも8号(黄玉)、10号(ナポレオン)などという人がいるのはそのためです。もちろん年配の方々だけですけど。
明治43年に決めた名前では、日の出、黄玉(きだま)、高砂(たかさご)、那翁(ナポレオン)など、現在でも栽培されているものも多く残っています。他に珊瑚(さんご)、瑪瑙(めのう)、琥珀(こはく)といった宝石や装飾品の名前を付けられたさくらんぼもありました。明治時代からさくらんぼには「初夏の宝石」のイメージがあったのですね。
しかし、それらの多くの品種は引退を余儀なくされ、今では見ることもなくなって現役とはいいがたいものです。山形県の園芸試験場で種の保存目的で残っているだけとなります。やはり時代の要請によってサクランボも変化を重ねてきたことを物語っています。当時の品種は育種のDNAとして試験場で、品種改良のために活躍しているようです。
その中で、現在まで残っている品種といえば、ナポレオン、高砂があります。たまに珍しいということで黄玉をみることがありますが、もうほとんどありません。ちなみに黄玉、ナポレオンは佐藤錦を創ったの親の品種です。佐藤錦の授粉するための授粉樹として、ナポレオンと高砂は山形では、いまだにみることができる大事なサクランボです。
佐藤錦には相性が抜群
専門的でわかりずらい説明になりますが、サクランボには、強い自家不結実性、(同じ品種同士では結実出来ない性質)と特定の品種間では受粉できない他家不結実性という性質があるといいます。
そのためサクランボ1品種一本ではほとんど実が着かないので受粉の相性の良い品種を選び、少なくとも2品種以上植えなければなりません。たとえば佐藤錦にはナポレオン、高砂、ジャボレーなどを選ぶと良いと相性は良くなります。ただし、これは「おみくじ」のようで当たっているようで、確信が持てない相対性を含んでいます。
その年のお天気、サクランボの畑の場所、自分の畑の周りの条件などが関係してきますから一筋縄では行きません。なかなかの難問なのです。
現在のナポレオンというさくらんぼの品種は佐藤錦を豊作にするための受粉をたすける品種として活躍しています。かつては缶詰用のさくらんぼとして中心的存在で活躍していたナポレオンですが今はあまり引き合いがありません。値段が着かないのと買い手がいません。
今や佐藤錦はナポレオンをしたがえるサクランボの女王となっています。ところがさくらんぼのほとんどの品種はその品種、1品種だけでは実が付かないのです。
その品種の花が咲いているときにほかの品種の花粉によって受精する性質があります。ですから佐藤錦だけでは花は咲くけど実は着かないことになります。このような訳で、佐藤錦には、ナポレオンが昔から受粉のための樹、受粉樹として好適といわれてきましたが、ナポレオンのサクランボの価値が低下したために急激に減少しています。
ナポレオンは缶詰用で黄金時代
このように佐藤錦が中心に栽培されるようになるとナポレオンは伐採されて少なくなってきました。このナポレオンの樹の減少が原因で山形県ではある問題が生まれています。佐藤錦が豊作にならない原因のひとつとしてナポレオンの減少をあげています。
これは非常に矛盾したお話しになりますが、「佐藤錦の人気が高まるほどナポレオンが減少する。これによって、ナポレオンの樹が減って佐藤錦が豊作にならなくなる」というお話しなのです。佐藤錦に対しての受粉樹の地位は今では早生種の紅さやかにとって替わりはじめています。それは紅さやかのほうが市場性が高く評価されていることからです。
ナポレオンの特徴のひとつは自体が豊産性が高く1本の木から収穫出来るサクランボの量は他の品種の中で群を抜いています。この魅力を生かせないかという課題が浮かび上がります。
ひとつの見方として加工用に最適のナポレオンを利用した加工品を開発することが、ナポレオンの需要を喚起して、佐藤錦の豊作にもつながるものとしてナポレオンの価値が見直され始めています。6次産業化の商品開発としても注目が集まっています。
古い品種ナポレオンの特徴
1、とても豊産性、実の着きが良い。たくさん実が着きやすい。加工用として他の品種と比べ群を抜いていた。
2、実が大きくなりやすい。豊産性で着果数が多く成りやすいのですが、しっかり摘果するとL-3Lまで粒が大きく成りやすい。
3、佐藤錦との相性が良く、授粉樹として価値が高い。果実の市場価値は下がる一方で買い手がつかない。
4、食味が良くない。甘さよりも酸っぱさが先に感じられる。もともと缶詰加工用として活躍していた。
5、果実の色がうすく、キズが付きやすく褐色に変色しやすい。加工品として着色しやすい。
このようにとても収穫量が高く安定した結実が魅力です。食味さえしっかりしていれば魅力的。品種改良にも魅力的な特徴を秘めています。
▼ナポレオンの収穫時の様子
佐藤錦を豊作に導く品種 まとめ
佐藤錦が受粉して実をつけるには、基本的な組み合わせに過ぎませんが、最低でも20%は佐藤錦以外の品種がその園地には必要と云うのが一般的です。その中でもナポレオンは群を抜いて佐藤錦との相性がいいのだという事なのです。
ナポレオンという品種は加工用の缶詰時代の花形選手でした。しかし時代は生食用になると佐藤錦の一人舞台になります。佐藤錦が出来る前は、ナポレオンが缶詰加工用のさくらんぼとして活躍していた時代があったのです。
佐藤錦の人気だけが高くなると、その豊作のカギを握る相性のいいナポレオンの樹が足りなくなるという悩ましい現状が生まれています。ナポレオンには買い手がつかない状態にまでなってきました。
佐藤錦より1.5倍も多く収穫できるナポレオンを使って美味しいサクランボ加工品の開発は出来ないのか今、知恵を絞っています。ナポレオンに需要と一定の価格が維持されると、佐藤錦の受粉効率が良くなり豊作を呼び戻す相乗効果が期待されるのです。